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過敏性腸症候群を治したい|腹痛・下痢・便秘・お腹が張る
の治療方法
このページのまとめ
● 過敏性腸症候群(IBS)は、検査で異常が見つからないのに腹痛・下痢・便秘・お腹の張りが続く病気です。日本人の約10人に1人が該当するとされ、「気のせい」でも「性格の問題」でもありません。
● 症状は便秘型(IBS-C)/下痢型(IBS-D)/混合型(IBS-M)/分類不能型(ガス型など)の4つに分かれ、タイプによって効く薬がまったく違います。だからこそ自己判断の市販薬では改善しにくいのです。
● 薬物治療は、腸管作用薬(高分子重合体・5-HT3受容体拮抗薬・上皮機能変容薬など)、抗痙攣薬(鎮痙薬)、向精神薬(抗うつ薬)、プロバイオティクス、漢方薬を、症状のタイプと重症度に合わせて段階的に組み立てます。
● 脳と腸は「腸脳相関」で直結しています。ストレスが腸の動きと痛みの感じ方を変えるため、腸の薬だけでなく、自律神経・不安へのアプローチを併せると改善率が上がります。
● 「腸に良い」とされる食品が逆効果になることがあります。ヨーグルト・玉ねぎ・りんご・小麦などは、低FODMAP食の考え方では“お腹の張りの原因”になり得ます。
● 自己判断で「IBSだ」と決めつけるのは危険です。大腸がんや潰瘍性大腸炎は初期にIBSとよく似た症状を示します。IBSは他の病気を除外して初めて下される「除外診断」です。
● 検査で「異常なし」と分かること自体が治療の一部になります。安心が脳から腸へのストレス信号を減らし、症状をやわらげます。
● IBSは食事・生活習慣の調整、薬物治療、心理的アプローチを組み合わせれば十分にコントロールできる病気です。一人で耐える必要はありません。
目次
過敏性腸症候群(IBS)とは

過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome:IBS)は、大腸や小腸に炎症・潰瘍・腫瘍といった「目に見える異常」がないにもかかわらず、腹痛や腹部不快感と、下痢・便秘などの便通異常が慢性的に繰り返される病気です。
命に関わる病気ではありません。しかし、通勤電車で降りられない、会議中にトイレのことしか考えられない、外出先を「トイレの場所」で選んでしまう――こうした状態は生活の質(QOL)を確実に下げます。QOLの低下という点では、決して「軽い病気」ではないのです。
こんな症状はありませんか?(セルフチェック)
以下に複数当てはまる場合、IBSの可能性があります。
● 通勤・通学の途中や、会議・試験の前になるとお腹が痛くなる
● 排便すると腹痛が軽くなる、あるいは変化する
● 下痢と便秘を数日おきに繰り返している
● お腹が張って苦しい、ガスが止まらない
● トイレのない場所(電車・高速道路・映画館)を避けるようになった
● 内科で検査を受けたが「異常なし」と言われた
● 休日や睡眠中は症状が出にくい
最後の項目は特徴的です。眠っている間や、ストレスから解放されている休日には症状が軽くなる――これは、腸そのものが壊れているのではなく、腸の「動き方」と「感じ方」が乱れているサインです。
どれくらいの人がなるのか
日本人の約10%、およそ10人に1人がIBSを抱えているとされます。消化器の病気のなかでは非常にありふれた疾患です。女性にやや多く、10〜20代の若年層で頻度が高い傾向があります。
一方で、実際に医療機関を受診している人はその一部にすぎません。「恥ずかしい」「体質だから仕方ない」「病院に行くほどではない」――そう考えて、何年も一人で耐えている方が非常に多いのが実情です。
なぜ「体質」ではなく「病気」なのか
IBSの背景には、次のような説明可能なメカニズムがあることが分かっています。
● 消化管運動の異常:腸の蠕動(ぜんどう)運動が亢進しすぎたり、逆に停滞したりする
● 内臓知覚過敏:健康な人なら感じない程度のわずかな腸の動きやガスを、強い痛みや張りとして感じてしまう
● 腸内細菌叢(フローラ)の乱れ:細菌のバランスが変化し、発酵やガス産生のパターンが変わる
● 感染後IBS:食中毒や感染性腸炎のあとに発症するタイプがある
● 腸脳相関の乱れ:脳のストレス信号が自律神経を介して腸に伝わる(後述)
つまりIBSは、「根性が足りない」のではなく、腸で起きている物理的・生理的な現象です。ここを正しく理解することが、治療の出発点になります。
IBSの4つのタイプ|「下痢」だけではありません

IBSの治療で最も重要なのが、病型(タイプ)の見極めです。タイプによって選ぶ薬が変わるため、ここを間違えると症状はよくなりません。
分類にはブリストル便形状スケールを使い、硬い便(コロコロ便・かたい便)と軟らかい便(泥状便・水様便)がそれぞれ何%を占めるかで判定します。
便秘型(IBS-C)
硬い便やコロコロ便が中心のタイプです。お腹が張って苦しく、排便に強くいきむ必要があり、出た後もスッキリしない「残便感」が残ります。女性に多い傾向があります。単なる便秘との違いは、腹痛や腹部不快感を伴い、排便によってそれが変化する点です。
下痢型(IBS-D)
突発的な便意と激しい腹痛を伴うタイプです。男性にやや多く、社会生活への影響が最も大きいタイプでもあります。「電車に乗れない」「高速道路が怖い」「会議中に何度も抜ける」といった予期不安が生まれ、その不安がさらに腸を刺激するという悪循環に陥りやすいのが特徴です。
混合型(IBS-M)
下痢と便秘を数日おきに繰り返すタイプです。下痢を止めれば便秘になり、便秘を治せば下痢になる――このシーソーのような状態が、患者さんを最も混乱させます。市販薬での自己調整が特にうまくいかないタイプで、便の水分量そのものを整える薬が中心になります。
分類不能型(IBS-U)・いわゆる「ガス型」
上記のどれにも当てはまらないタイプです。腹部膨満感が強く、おならが止まらないという訴えが中心になることがあり、これは俗に「ガス型」と呼ばれます。
このタイプは、周囲への気兼ねから深刻な孤独感や社会的不安を抱えやすいという特徴があります。「自分は臭っているのではないか」という思いが強まり、外出や対人関係を避けるようになるケースも珍しくありません。
近年では、この背景にSIBO(小腸内細菌増殖症)――本来は細菌が少ないはずの小腸で細菌が異常増殖する状態――が隠れている可能性も指摘されており、その場合は治療の方向性が変わります。
【腸脳相関】脳が感じたストレスは、そのまま腸を直撃する

「仕事の日だけお腹を下す」のは、気のせいではありません。脳と腸は「腸脳相関(brain-gut interaction)」と呼ばれる双方向のネットワークで直結しています。
ストレスはどうやって腸に届くのか
脳がストレスや不安を感知すると、その信号は自律神経(交感神経・副交感神経)と、CRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)を介したホルモン経路を通じて、瞬時に腸へ伝わります。すると腸では、次の変化が起こります。
● 蠕動運動が異常に速くなる(下痢)、または停滞する(便秘)
● 腸の知覚神経の感度が上がる(同じ刺激をより強い痛みとして感じる)
腸が「第二の脳」と呼ばれるのは、腸が心の緊張をそのまま反映してしまうからです。
逆方向の矢印|腸から脳へ
重要なのは、この関係が一方通行ではないことです。腸の不快な感覚は脳に届き、不安を強めます。その不安がまた腸を刺激する。「症状 → 不安 → 症状の増悪」というループが、IBSを慢性化させる中核にあります。
このループを断つには、腸に働く薬だけでは足りないことがあります。呼吸法、マインドフルネス、自律訓練法、認知行動療法といった心理的アプローチが、結果として腸の暴走を鎮める最短ルートになるケースが少なくないのです。
【要注意】「腸に良い習慣」が逆効果になることがあります

健康意識の高い方ほど、ヨーグルトや納豆などの発酵食品、りんごや玉ねぎといった食物繊維の豊富な食品を積極的に摂っているでしょう。しかしIBSにおいては、この「世間的な正解」が牙をむくことがあります。
低FODMAP食という考え方
鍵になるのが低FODMAP(フォドマップ)食です。FODMAPとは、小腸で吸収されにくい、発酵しやすい特定の糖質の総称です。
| 頭文字 | 意味 | 代表的な糖質 | 多く含む食品 |
|---|---|---|---|
| F | Fermentable(発酵性) | ― | ― |
| O | Oligosaccharides(オリゴ糖) | フルクタン、ガラクトオリゴ糖 | 小麦(パン・パスタ)、玉ねぎ、にんにく、大豆、豆類 |
| D | Disaccharides(二糖類) | 乳糖(ラクトース) | 牛乳、ヨーグルト、アイスクリーム、生クリーム |
| M | Monosaccharides(単糖類) | 果糖(フルクトース) | りんご、はちみつ、マンゴー、果糖ぶどう糖液糖 |
| A | and | ― | ― |
| P | Polyols(ポリオール) | ソルビトール、キシリトール、マンニトール | 桃、さくらんぼ、きのこ、シュガーレスガム |
なぜ「健康食品」がお腹を壊すのか|浸透圧と発酵
理由は、きわめて物理的です。
● 浸透圧:小腸で吸収されなかったFODMAPは、腸管内に水分を引き込みます。これが下痢の原因です。
● 発酵:吸収されずに大腸へ届いたFODMAPは、腸内細菌によって急速に発酵・分解され、大量のガスを発生させます。これが「お腹の張り」と「激しい痛み」の正体です。
つまり、玉ねぎ、にんにく、りんご、小麦、牛乳といった「健康的」とされる食品が、IBSの方にとってはトリガーになり得るのです。「腸に良い」という一般論ではなく、「自分の腸に合っているか」を精査する“選択の知恵”が求められます。
低FODMAP食の正しい進め方(3ステップ)
低FODMAP食は「一生この食品を食べない」という食事法ではありません。自分のトリガーを特定するための、検査的な食事法です。
1除去期(3〜6週間):高FODMAP食品を一旦すべて控え、症状が改善するかを確認します。
2再導入期(チャレンジ):食品グループを1つずつ、数日かけて戻し、どれが自分の症状を引き起こすかを特定します。
3調整期:問題のない食品は元に戻し、自分に合わない食品だけを必要な量だけ制限します。
※注意:長期にわたる厳格な除去は避けてください。FODMAPには腸内細菌のエサになる成分(プレバイオティクス)が多く含まれます。何年も除去し続けると、腸内細菌の多様性の低下や栄養の偏りを招くおそれがあります。必ず医師・管理栄養士の指導のもとで、期限を決めて行ってください。
比較的取り入れやすい低FODMAP食品の例
● 主食:米、ごはん、十割そば、米粉パン、じゃがいも
● 野菜:にんじん、ほうれん草、トマト、なす、きゅうり、かぼちゃ、ズッキーニ
● 果物:バナナ(熟しすぎていないもの)、いちご、ぶどう、オレンジ、キウイ
● たんぱく質:肉、魚、卵、木綿豆腐
● 乳製品:乳糖不使用(ラクトースフリー)牛乳、アーモンドミルク、ハードチーズ
● 油:オリーブオイル、こめ油
食事以外の生活習慣
● 食物繊維は「種類」で選ぶ:不溶性食物繊維(ごぼう、玄米など)は便のかさを増やしますが、下痢型・ガス型では症状を悪化させることがあります。水溶性食物繊維(オオバコ/サイリウム、オートミールなど)のほうが適する場合があります
● 刺激物:カフェイン、アルコール、香辛料、脂質の多い食事は腸を刺激します
● 早食いを避ける:空気の飲み込み(呑気)はガスを増やします
● 朝の余裕:起床後の胃結腸反射を利用し、トイレに行く時間を確保することは便秘型に有効です
● 睡眠:睡眠不足は自律神経を乱し、内臓知覚過敏を強めます
● 運動:ウォーキング等の適度な有酸素運動には、IBS症状の改善効果が報告されています
【重要】その「自分はIBSだ」という思い込み、危険かもしれません

自己判断で「自分はIBSだから」と症状を放置することには、医学的に大きなリスクがあります。
IBSは「除外診断」の病気です
医師が最も危惧するのは、IBSの影に隠れた「器質的疾患(実際に体の組織が傷んでいる病気)」の見落としです。
● 大腸がん
● 潰瘍性大腸炎、クローン病(炎症性腸疾患)
● 感染性腸炎
● 乳糖不耐症、セリアック病
● 甲状腺機能異常
これらはいずれも、初期にはIBSと酷似した症状を示すことがあります。IBSは、血液検査や便検査、必要に応じて大腸内視鏡検査などで「目に見える異常がないこと」を確認して初めて下される診断、すなわち除外診断です。「検査をしていないIBS」は、正確にはまだIBSと診断されていません。
すぐに医療機関を受診すべき「警告徴候」
以下がある場合、IBSではない病気が隠れている可能性があります。自己判断せず、速やかに消化器内科を受診してください。
● 血便・下血、便潜血陽性
● 原因不明の体重減少
● 発熱
● 貧血の指摘
● 夜間、症状で目が覚める(IBSは通常、睡眠中は症状が出ません)
● 50歳以降の新規発症
● 大腸がん・炎症性腸疾患の家族歴
● 症状が数週間〜数か月で明らかに進行している
診断の基準(Rome IV基準)
国際的にはRome IV基準が用いられます。要約すると、直近3か月間、平均して週に1日以上、繰り返す腹痛があり、かつ次の3項目のうち2つ以上に当てはまることが条件です。
● 排便に関連する
● 排便頻度の変化を伴う
● 便の形状(外観)の変化を伴う
※少なくとも診断の6か月以上前から症状があり、直近3か月間は基準を満たしていること。
「異常なし」という結果自体が、実は治療の一部です
ここに興味深い逆説があります。検査を受けて「異常なし」という結果を得ること自体が、強力な治療の一環になるという点です。
重大な病気ではないという科学的な証明は、心理的な安心を生みます。その安心が、脳から腸へ送られるストレス信号を減らし、症状をやわらげる――機能性の病気であるIBSにおいて、これは無視できない効果です。
「検査で異常がなかった」は、突き放す言葉ではありません。治療のスタートラインに立てたという意味です。
過敏性腸症候群の薬物治療|タイプ別に、段階的に

IBSの薬物治療は、症状のタイプ(便秘型IBS-C、下痢型IBS-D、混合型IBS-M)に応じて選択されます。主な治療薬には、腸管作用薬、向精神薬(抗うつ薬)、抗痙攣薬、プロバイオティクス、漢方薬などがあります。ここでは、それぞれの位置づけを掘り下げて解説します。
治療は3つの段階で組み立てます
日本のガイドラインでは、いきなり強い薬を使うのではなく、段階的(ステップアップ式)に治療を進める考え方が採られています。
| 段階 | 中心となる内容 |
|---|---|
| 第1段階 | 食事・生活習慣の指導+消化管機能調節薬、高分子重合体、プロバイオティクス |
| 第2段階 | 病型別の薬剤(5-HT3受容体拮抗薬、上皮機能変容薬、抗コリン薬)+必要に応じて抗うつ薬・抗不安薬 |
| 第3段階 | 心理療法(認知行動療法など)、向精神薬を中心とした治療 |
多くの方は第1段階〜第2段階で十分に改善します。「精神科の薬を使うのか」と身構える必要はありません。
① 腸管作用薬|腸に直接働きかける薬
治療の中心となるグループです。
高分子重合体(ポリカルボフィルカルシウム)
下痢型にも便秘型にも、混合型にも使えるという珍しい薬です。腸内の水分を吸収して保持するスポンジのような働きをします。
● 便が水っぽいとき:水分を吸って便を固める
● 便が硬いとき:水分を保って便をやわらかくする
という双方向の調整を行います。混合型(IBS-M)の第一選択になりやすく、IBSへの保険適応があります。効果の実感には数週間かかることがあります。
消化管運動調節薬(トリメブチンマレイン酸塩)
腸の運動が亢進していれば抑え、低下していれば促すという双方向性の調律薬です。副作用が少なく、長期使用にも適しています。
5-HT3受容体拮抗薬(ラモセトロン)|下痢型(IBS-D)の要
セロトニンが腸の5-HT3受容体に作用するのをブロックし、腸の過剰な運動と、腹痛の感じやすさ(内臓知覚過敏)の両方を抑えます。下痢型IBSに対する切り札的な薬です。
重要な注意点として、男女で開始用量が異なります(女性は便秘の副作用が出やすいため、男性の半量から開始します)。効果が高い分、便秘・硬便という副作用の管理が必要です。
上皮機能変容薬(リナクロチドなど)|便秘型(IBS-C)の要
腸の粘膜に働いて腸管内へ水分を分泌させ、便をやわらかくする薬です。特筆すべきは、便通だけでなく腹痛にも効果が期待できる点で、便秘型IBSの「痛み」に対応できる数少ない選択肢です。食前投与が基本で、効きすぎると下痢になります。
そのほか、便秘に対しては酸化マグネシウム、ポリエチレングリコール、ルビプロストン、エロビキシバットなどが症状に応じて使われます(一部はIBSではなく慢性便秘症としての適応です)。
止瀉薬(ロペラミドなど)
下痢を直接止める薬です。「大事な会議の日だけ」といった頓用での使い方が現実的で、常用は勧められません。腹痛そのものには効きません。
② 抗痙攣薬(鎮痙薬)|腹痛の「けいれん」を止める
腸管平滑筋のけいれん性の収縮を抑え、差し込むような腹痛(疝痛)を和らげます。抗コリン薬(メペンゾラート、チキジウム、ブチルスコポラミンなど)が代表です。
● 使い方:痛みが出たときの頓用が中心。「痛くなりそうな場面の前に飲む」という予防的な使い方も有効です
● 副作用:口の渇き、便秘、尿が出にくい、目のかすみ
● 注意:緑内障、前立腺肥大、心疾患のある方は使えない、または慎重投与となります。持病は必ず申告してください
海外ではペパーミントオイル(腸溶性カプセル)にも一定のエビデンスがあり、鎮痙作用が報告されています。
③ 向精神薬(抗うつ薬)|「気のせい扱い」ではありません
ここは誤解が非常に多いところです。IBSに抗うつ薬を使うのは、「精神的な問題だから」ではありません。
IBSに用いる抗うつ薬は、国際的には「神経調節薬(neuromodulator)」と呼ばれます。目的はうつを治すことではなく、脳と脊髄のレベルで痛みの伝わり方を調整し、内臓知覚過敏そのものを下げることです。
三環系抗うつ薬(TCA)
うつ病治療で使う量よりはるかに少ない低用量(例:うつ病治療量の1/5〜1/10程度)で使用します。痛みの信号を抑えると同時に、抗コリン作用によって腸の動きをゆるやかにするため、腹痛の強い下痢型に適する傾向があります。少量から始め、時間をかけて増やします。
SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)
腸の動きをやや促す方向に働くため、便秘型や、不安・抑うつ・予期不安を強く合併している方に向きます。
抗不安薬
「電車に乗る前だけ」といった限定的・短期的な使用にとどめます。依存性の問題があるため、漫然とした長期処方は避けるべきです。
※注意:日本では、これらの向精神薬の多くにIBSとしての保険適応がなく、医師の判断による適応外使用となる場合があります。目的・用量・想定される副作用・期間について十分に説明を受け、納得したうえで開始してください。
④ プロバイオティクス|安全性の高い土台づくり
ビフィズス菌、乳酸菌、酪酸菌などの生きた有用菌を補い、腸内細菌のバランスを整えます。
● 利点:副作用がほとんどなく、年齢や併存疾患による制限も少ないため、治療の初期段階から使いやすい
● エビデンス:ガイドラインでもIBSへの有効性が示されています
● 注意点:菌種によって効果が異なり、合う・合わないの個人差が大きいこと。効果判定には最低4週間程度を見て、合わなければ別の菌種に変える、という進め方が現実的です
⑤ 漢方薬|体質と「腹証」に合わせる
漢方は、病名ではなくその人の状態(証)に合わせて選びます。IBSは西洋薬だけでは届きにくい症状(冷え、緊張、膨満感)を伴うことが多く、漢方が力を発揮する場面があります。
| 漢方薬 | 向きやすい状態 |
|---|---|
| 桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう) | IBS全般の基本処方。腹痛、しぶり腹(残便感を伴う便意) |
| 桂枝加芍薬大黄湯 | 上記に便秘傾向が加わるとき(便秘型) |
| 大建中湯(だいけんちゅうとう) | お腹の張り、ガス、冷えると悪化するタイプ |
| 半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう) | 下痢型、お腹がゴロゴロ鳴る、みぞおちのつかえ |
| 加味逍遙散(かみしょうようさん) | ストレス・不安・イライラが強い、女性の不定愁訴を伴う |
| 四逆散(しぎゃくさん) | 緊張が強く、身体がこわばるタイプ |
| 六君子湯(りっくんしとう) | 胃腸が弱く、食欲不振を伴う |
漢方も薬です。自己判断ではなく、医師・薬剤師と相談して選んでください(例えば大黄を含む処方は妊娠中に注意が必要です)。
⑥ 薬以外の治療|心理療法
薬で十分な効果が得られない場合や、不安・回避行動が生活を強く制限している場合に、有効性が確立しています。
● 認知行動療法(CBT):「またお腹が痛くなったらどうしよう」という予期不安のループを、思考と行動の両面から組み替えます
● 腸管指向型催眠療法:海外で強いエビデンスがある方法です
● リラクセーション、自律訓練法、マインドフルネス:自律神経のバランスを整え、内臓知覚過敏をやわらげます
● 段階的な曝露:避けていた場面(電車、会議)に、計画的に少しずつ戻していきます
【早見表】効果が出るまでの目安
| 治療 | 効果判定の目安 |
|---|---|
| 止瀉薬・鎮痙薬(頓用) | 数十分〜数時間 |
| 高分子重合体・プロバイオティクス | 2〜4週間 |
| 5-HT3受容体拮抗薬・上皮機能変容薬 | 1〜2週間 |
| 低FODMAP食(除去期) | 2〜6週間 |
| 抗うつ薬(低用量) | 4〜8週間 |
| 心理療法 | 数か月 |
焦らないことが最大のコツです。1〜2日で判断せず、期間を決めて評価し、合わなければ次の手に変える。この繰り返しが、確実に出口へ近づきます。
当院の過敏性腸症候群治療の考え方

IBSは、「消化器の病気」と「心の状態」のちょうど境界に立っている病気です。そのため、どちらか一方だけを見る診療では、どうしても行き詰まります。当院では、次の3点を大切にしています。
まず「器質的疾患の除外」を確認します
心の話をする前に、体の安全を確認します。警告徴候がある方、これまで一度も検査を受けていない方、50歳以降に症状が出た方には、まず消化器内科での検査(血液検査・便検査・大腸内視鏡など)をお勧めし、必要に応じて連携医療機関をご紹介します。「異常なし」を確認することは、遠回りではなく、治療の最短ルートです。
腸脳相関の「脳」の側からもアプローチします
腸の薬でお腹の動きを整えると同時に、ストレス反応、予期不安、睡眠、自律神経といった「脳の側」の要因にも同時に取り組みます。両側から挟み込むことで、「症状 → 不安 → 症状」のループを断ち切りやすくなります。
「症状ゼロ」ではなく「生活を取り戻すこと」を目標にします
IBSの治療目標は、症状を完全にゼロにすることではありません。電車に乗れる。会議に集中できる。旅行に行ける。お腹のことを一日中考えなくて済む。この状態に戻ることをゴールに、治療を組み立てます。
そのために、薬の使い方・食事の調整・生活の工夫を、あなたの生活のかたちに合わせて一緒に設計していきます。
よくあるご質問(FAQ)

Q. 過敏性腸症候群は完治しますか?
「完治」という表現より「コントロールできる状態を保つ」と考えるのが現実的です。IBSは症状が落ち着く時期と、ストレスなどで再燃する時期を繰り返す傾向があります。ただし、自分のトリガーを把握し、効く薬と対処法を持っておけば、症状が出ても慌てずに対応できるようになります。多くの方が、その状態で不自由なく生活しています。
Q. 市販の下痢止めを飲み続けていますが、問題ありますか?
頓用としては現実的ですが、常用はお勧めしません。市販薬は下痢という「結果」を止めるだけで、腹痛や内臓知覚過敏には効きません。また、下痢を止めることで便秘に振れてしまうこともあります。何より、市販薬でごまかしている間に、器質的疾患の発見が遅れるリスクがあります。数か月以上使い続けているなら、一度受診をご検討ください。
Q. ストレスがなくなれば治りますか?
ストレスはIBSの「引き金」ではありますが、「唯一の原因」ではありません。腸の運動異常、内臓知覚過敏、腸内細菌叢、感染後の変化など、複数の要因が絡んでいます。そもそもストレスをゼロにする生活は現実的ではないので、「ストレスがあっても腸が過剰反応しない状態」をつくるほうが実践的です。
Q. 内視鏡検査は必ず受けなければいけませんか?
全員に必須ではありません。若年で、警告徴候(血便、体重減少、発熱、貧血、夜間の症状、家族歴など)がなく、典型的な症状であれば、まず血液・便検査で進めることもあります。ただし、警告徴候がある方、50歳以降の新規発症の方は、内視鏡検査を強くお勧めします。判断は診察のうえで一緒に決めましょう。
Q. 抗うつ薬を勧められましたが、うつ病ではありません。飲む必要がありますか?
IBSで使う抗うつ薬は、うつ病を治すためではなく、痛みの伝わり方を調整するために、うつ病治療よりずっと少ない量で使います。慢性の痛みに対する使い方として国際的に確立した方法です。とはいえ、納得できないまま飲む必要はありません。目的・用量・副作用・やめ方について説明を求め、他の選択肢と比べたうえで決めてください。
Q. 低FODMAP食は一生続けるのですか?
いいえ。厳格な除去は3〜6週間が目安です。その後は1つずつ食品を戻し、自分に合わないものだけを制限します。長期の厳格な除去は、腸内細菌の多様性の低下や栄養の偏りにつながるおそれがあります。必ず期限を決めて、医師・管理栄養士の指導のもとで行ってください。
Q. ヨーグルトは食べないほうがいいのですか?
一律にダメではありません。乳糖(ラクトース)が合わない方には症状の原因になり得ますが、ラクトースフリーの製品やハードチーズは問題にならないことが多いです。また、菌そのものが合う方もいます。大切なのは「良い/悪い」の二択ではなく、自分の腸で試して確かめることです。
Q. おならが止まらず、人前に出るのがつらいです。これもIBSですか?
分類不能型(いわゆる「ガス型」)の可能性があります。このタイプは症状そのものより、「臭っているのではないか」という不安による生活の制限のほうがつらいことが多く、そこも含めて治療の対象です。背景にSIBOや食事要因が隠れていることもあります。「たかがおなら」ではありません。遠慮なくご相談ください。
Q. 何科を受診すればいいですか?
血便・体重減少などの警告徴候がある場合は、まず消化器内科へ、とりあえず当院にご相談ください。検査で異常なしと言われたが症状が続く、ストレスとの関連が強い、不安や予期不安が生活を制限しているという場合は、心療内科・精神科が適しています。どちらから始めるべきか迷う場合も、ご相談いただければ整理してお伝えします。
お腹の不調にお悩みの方へ|受診のご案内

過敏性腸症候群は、適切な食事の知識、心へのケア、そして的確な薬物治療によって、十分にコントロール可能な病気です。
まず、「自分のお腹の弱さは宿命だ」という諦めを手放してみてください。あなたの腸で起きているのは、性格の問題でも根性の問題でもなく、説明のつく物理的・生理的な現象です。そして説明のつくものには、対処法があります。
もし、あなたが「体に良い」と信じて続けてきた習慣が、実は自分を苦しめていたとしたら――。一度立ち止まって、自分の体と対話してみませんか。その一歩が、トイレの場所を気にしない日常を取り戻すきっかけになります。
「電車に乗るのが怖い」「会議のたびにお腹が痛くなる」「検査では異常なしと言われたけれど、つらい」――どんな段階のご相談でも構いません。お腹の不調・便通のお悩みは、どうぞお気軽にご相談ください。
本ページは過敏性腸症候群(IBS)に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の診断・治療方針を示すものではありません。記載した薬剤は代表的な例であり、実際に使用できる薬・用量・組み合わせは、年齢、性別、併存疾患、服用中の薬などによって一人ひとり異なります。自己判断での薬の使用・中止は行わず、必ず医師にご相談ください。また、血便・体重減少・発熱などの症状がある場合は、速やかに医療機関を受診してください。

